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東京地方裁判所 平成7年(ワ)7615号 判決

第一事件及び第二事件原告

鈴木寛

右訴訟代理人弁護士

平田達

小松美喜男

第一事件及び第二事件被告

田村サダ

外一名

第一事件被告

相馬千枝子

外四名

右七名訴訟代理人弁護士

山本公定

主文

一  第一事件及び第二事件について、いずれも、原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一事件及び第二事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

一  第一事件

1  被告らは原告に対し、平成七年四月一日から別紙物件目録(三)記載の土地の明渡しに至るまで一か月金一一四万円の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告に対し、金六〇九九万三一〇〇円及びこのうち別表1差額欄記載の金額につき別表1支払期日欄記載の日の翌日から債務返済に至るまで年一〇パーセントの割合による金員を、別表2差額欄記載の金額につき、別表2支払期日欄記載の日の翌日から債務返済に至るまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

二  第二事件

原告が被告らに対して賃貸していた別紙物件目録(三)記載の土地の立退料が金三五九〇万円であることを確認する。

第二  事案の概要(以下、第一事件及び第二事件原告を「原告」、第一事件又は第二事件の各被告を「被告」という)

(第一事件)

一  請求原因

1 別紙物件目録(一)及び(二)記載の土地は原告の所有である。

2 原告の先代鈴木哲治は、被告らの先代田村徳次に対し、昭和二六年一月一日、右(一)及び(二)記載の土地のうち、別紙物件目録(三)記載の土地部分(以下「本件土地」という)を、普通建物所有の目的にて、期間・同日より二〇年、賃料・一か月四〇〇〇円、毎月二八日限りその月分を持参して支払うとの約定で貸し渡した。

3 原告の先代は昭和三九年一二月二五日死亡したので、相続により原告が賃貸人としての地位を承継した。

4 被告らの先代は、昭和六〇年六月二九日死亡したため、被告らが本件土地の賃借人としての地位を承継し、現在、右土地上に存する別紙物件目録(四)記載の建物(以下「本件建物」という)を所有し、本件土地を占有している。

5 原告は、昭和四三年七月ころ、本件土地の賃料の増額を求めたところ、田村徳次はこれを了承せず、以後供託を続けたため、昭和六二年九月一四日、原告は被告らを相手方として、昭和四六年一月一日以降の増額に係る賃料(公租公課の2.5倍に相当する額)の支払を求める調停を新宿簡易裁判所に申し立てたが、右調停は不調となった。右増額に係る賃料を基準として考えた場合、昭和四三年八月分から平成二年一二月分までの賃料の不足額は、別表1差額欄記載のとおり、合計五一九万九一〇〇円になる。

6 原告は、平成二年一一月一五日到達の内容証明郵便により、被告らに対し、自己使用の必要があるため、同年一二月末日の期間満了以後は本件土地の継続使用は認められない旨の更新拒絶の予告を行い、翌年一月一四日付け内容証明郵便で、本件土地の継続使用に対する異議申立てを行い、同郵便は同月二六日までに全被告に到達した。更に、一月三一日付け内容証明郵便で、立退料として一億円を支払う旨申し入れたが、右申入れについて被告らが争ったため、原告は被告らを相手方として、東京地方裁判所に対し、本件土地の明渡しを求める訴えを提起した(平成三年(ワ)第二二八七号)。

東京地方裁判所は、平成四年七月一五日、原告の請求を認め、被告らに対し、一億円の支払を受けるのと引き換えに、本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを命ずる判決を言い渡した。これに対して被告らは控訴したが、東京高等裁判所は、平成五年六月二九日、控訴棄却の判決を言い渡した。被告らはこの判決に対して上告したが、最高裁判所は、平成六年一一月一一日、被告らの上告を棄却する判決を言い渡した。

7 右訴訟の係属中に、いわゆるバブル経済の崩壊が始まり、現在に至っては、原告に一億円を調達させることが極めて酷な状況になっている。

8 本件土地の賃貸借契約は、平成二年一二月末日をもって終了しており、被告らは原告に対して、同日をもって本件建物を収去して本件土地を明け渡す義務を負っている。しかし、被告らは、依然として本件建物を収去せず、本件土地を不法占有している。

したがって、被告らには、原告に対し、平成三年一月一日以降、本件土地の適正賃料額である一か月一一四万円を賃料相当損害金として支払うべきであるが、被告らが供託している金額はこれに満たないので、被告らは原告に対し、別表2差額欄記載の金員合計五五七九万四〇〇〇円及び平成七年四月一日から本件土地明渡し済みまで一か月一一四万円の金員を支払う義務がある。

9 よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

1 請求原因1ないし3、5及び6記載の事実は認める。

2 同4の事実は否認する。被告らの先代田村徳次は昭和六〇年六月二九日死亡したが、同人の遺産である本件土地の借地権と本件建物は、平成五年八月三一日の遺産分割により、被告田村サダと被告相澤惠子が各二分の一を取得し、右両名以外の相続人は右不動産を取得していない。

3 同7及び8の主張は争う。

4 原告の賃料増額の主張は、先に確定した訴訟(以下「前訴」という)での主張等からみて、権利の濫用ないし信義則違反である。

5 原告の増額賃料支払請求権は消滅時効にかかっているので、被告らはこれを援用する。

(第二事件)

一  請求原因

1 第一事件請求原因1ないし6と同旨。ただし、同4のうち、被告らとあるのは、被告田村サダ及び被告相澤惠子と改める。

2 前訴の事実審口頭弁論終結時である平成五年と比べ、現在の土地価格は、35.9パーセントになっているのであり、その減少率(64.1パーセント減)に応じて、立退料も一億円から三五九〇万円に減額されるべきである。

3 右のような地価の暴落による損害は、地価下落が始まっていた状況下で、問題の早期解決を望んだ原告に対し、被告田村サダ及び被告相澤惠子が引き延ばしのための理由のない上訴手続を繰り返して地価下落を漫然と放置傍観したために生じたもので、その責任は右被告らにあるというべきである。右被告らの上訴手続は、上告審判決において「独自の見解に基づき若しくは原判決を正解しないでこれを非難するものにすぎず」とされているように、明らかに上訴権の濫用であって、それ自体不法行為というべきである。

そのため、原告は右被告らに対し、地価暴落による損害につき、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するものであるが、このうち六四一〇万円について、被告が原告に対して有する一億円の立退料債権と相殺する。

4 よって、前訴において、建物収去土地明渡しと引き換えに一億円を支払えと判示された判決は、主位的に事情変更により、予備的に不法行為に基づく損害賠償請求権との相殺により、立退料を三五九〇万円に減額されるとの判決を求めるものである。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2及び3の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

一  第一事件について

1  賃料の増額請求について

昭和四三年八月分から平成二年一二月分までの本件土地の賃料を原告主張の額まで増額させるのが相当であることを認めるに足りる証拠はないから、原告の増額賃料の支払請求は理由がない。

なお、原告は、平成三年に提起した前訴において、増額分の賃料の支払請求をすることなく判決を得ており、右判決においては、原告の更新拒絶の正当事由の存否をめぐる判断をする際に、第一審及び控訴審とも、原告が増額された賃料を取得することがないことを前提に、一億円の支払と引き換えに被告らが本件土地を明け渡すべきであるとの判断をしていることを考えると、被告らの平成三年一月一日以降の本件土地の占有が不法占有であると主張し、右更新拒絶に正当事由があることを前提とした主張をしている原告が、同時に増額分の賃料の支払請求をするのは、実質的に矛盾した主張であるといえる。

2  賃料相当損害金の請求について

原告は、平成三年一月一日以降の被告らの本件土地の占有が不法占有であることを前提として、同日以降の本件土地の賃料相当損害金の支払を求めている。しかし、前訴においては、原告が一億円を支払うことによって本件土地の賃貸借契約の更新拒絶に正当事由が備わるとの判断がなされ、原告から一億円の支払を受けるのと引き換えに、被告らに対し、本件建物の収去と本件土地の明渡しが命じられたのであり、したがって、原告から一億円の提供がない間は、被告らの本件土地の占有が、直ちに不法占有となるものではない。原告の右賃料相当損害金の支払請求も理由がない。

二  第二事件について

1  事情変更による正当事由補完の金額の減額の主張について

いわゆるバブル経済の崩壊による土地の価格の下落が大幅であることは公知の事実であるが、その下落幅は、地域によって、また、同一地域内でも用途等によって大きく異なっており、また、土地の価格は、バブル経済の崩壊前においても、一定不変であったものではなく、時日の経過によって相当程度変動してきたのであり、バブル経済の崩壊が始まった後である平成五年の時点では、土地の価格が下落しうることも一般に認識されていたものといえる。一方、借地契約の更新拒絶の正当事由を補完する金銭の額は、裁判所の裁量によって定められるのであり、その判断に際しては、土地の価格のみならず、双方当事者の当該土地利用の必要性の程度、借地人の他の土地への移転可能性の程度と移転に要する費用の額、賃貸借期間及び賃料の額その他の要素が総合的に考慮されるのであり、仮に口頭弁論終結後の土地の価格の下落が大きかったとしても、それが直ちに事情変更による金額の変更事由となるものではない。また、正当事由を補完する金銭の額を決定する際に考慮の対象とする土地の価格が、いつの時点の土地の価格かという問題もあり、仮に更新拒絶時の土地の価格を考慮要素とするというのであれば、口頭弁論終結後に土地の価格の変動があったとしても、それは事情変更の対象外ということになる。前訴の第一審又は第二審判決のいずれにおいても、正当事由を補完する金額を算定するに際し、本件土地の価格をどのように考慮したのかの判断過程は記載されていない(甲第三及び第四号証)。

そして、他に前訴において確定した正当事由を補完する金銭の額の変更を相当とする事情の変更があったことを認めるに足りる証拠はない。

2  不法行為による損害賠償請求権に基づく相殺による正当事由補完金額の減額の主張について

原告は、被告田村サダ及び被告相澤惠子の前訴における上訴が上訴権を濫用した不法行為であると主張するが、右被告らに上訴権濫用の不法行為があったことを認めるに足りる証拠はない。前訴の上告審判決の記載も、右主張事実を裏付けるに足りない。

三  結論

以上のとおり、原告の被告らに対する第一事件及び第二事件の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官園尾隆司)

別紙物件目録

(一)所在 東京都新宿区新宿七丁目〈以下省略〉

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